祖母は、母が高校生、叔父が中学生の時に乳がんで亡くなりました。ちょうど今の私と同じ年齢(41歳)のお正月に。「仁美ちゃんは文章を書くのが好きだから、私の母に似たんだね」母によく言われます。私の頭の中で話している人は祖母なのかな・・・。

時々、頭の中で誰かに話しかけられているように次々と言葉が出てきて、普段の私には思いつかないような話も出てくるので「いいこと言うな~」なんてただ聴いていると忘れてしまって。手が空いている時は必死にメモしますが追いつきません(脳内ボイスレコーダーが欲しい)。

祖母は文章を書くのが好きな人で、赤い表紙のノートには下書きとともに祖母の投書が掲載された新聞記事の切り抜きがたくさん貼ってあります。その中でも一番多い切り抜きは中日新聞「くらしの作文」。幼少期の母と叔父の姿が生き生きと記されているので、母が歩んできた人生の一部を覗き見たような気分です。叔父は私が幼い頃に自死し、祖父は次男がお腹に宿った時に肺がんで亡くなっため、このノートは祖父母と叔父が生きていた証。私も手書きで何かを残しておきたいと思うのですが、なかなか続きません。


「じゅん滑油」

「先生や父兄は子どもという機械のじゅん滑油のようなものです。おとうさまもおかあさまも、どうか機械をやたらに働かせすぎてへらしたり、また放任してサビさせたりせず、油が多すぎてから回りしないよう、あらゆる角度から子どもをみましょう」
終業式の日に通知票といっしょにこんなたよりをいただいて帰ってきました。長男も入学してからまる一年。四年生の長女にした失敗は、二度と繰り返すまいと心がけてきたけど、男の子はなかなか思うようには、まいりません。

「女の子はどうせ嫁にやるのだから、たいていのところでよいが、坊はどうしてもやってくれにゃならん」と一人の長男に大きな期待をかけている夫。唱歌と体操の不得意だった私に似たのか、私の一年生の時とソックリの通知票を手にして苦笑する。「家の子どもは私に似て大器晩成型だわ」と笑う私に、返事もせず成績に見入る夫の頭の中にはオール五の通知票がちらついているのかもしれない。

何はともあれ二人の子どもが大きな病気もせず一年を過ごしてきたことを喜ぶと同時に、「がんばったけど五がたんとない」と悲難して帰った子どもに、一年でもけっこうやる気をもっていることを信じてやらなければと思うのです。

学期末になると、とかくじゅん滑油なるものの配給が多すぎ、子どもを苦しめるようですが、新学期を迎えるとともに、ことしこそまんべんにうまく油をさしてゆきたいと思うのです。(主婦・34歳)

祖母の赤いノート