「仕事としては引き受けません。無報酬のボランティアでしたら引き受けます」

名古屋小児がん基金 理事長の小島勢二先生、そして、「小児がんコミュニティ 手をつなごう。」管理人 まーるさんにも同じ言葉を伝えました。「仕事としては引き受けません。無報酬のボランティアでしたら引き受けます」。これは私がそうしたいというだけで、「ボランティアは無償で行うべき」という考えを他の方に押し付けているわけではありません。

報酬を受け取る関係になれば例え嫌なことであっても期限内に行わなければならず、精神的にも体力的にも追い詰められる可能性があるので、「名古屋小児がん基金」での活動、そして「小児がんコミュニティ 手をつなごう。」の開設・運営等は、私は本業に支障のない範囲で無報酬のボランティアとして協力しています。

経済的に余裕があるから報酬なしで引き受けているわけではありません。むしろ経済的なゆとりがないからこそ、動くことで力になりたい。報酬はなくても、それらの活動を通して私自身が成長している実感はあります。「無料で参加できる学びの場」として捉えています。

無報酬ボランティアの基準

私がボランティア活動に協力するうえで基準にしているのは4つ。

  • 信頼できる相手であること。
    自分の想いと一致し、相手を尊敬できなければ長続きしませんから、これは大事。
  • 小児がん患者家族のためになることである。
    特定の人や組織の利益が優先され、小児がん患者家族に共有されないのであれば協力しません。
  • できることを、できる範囲内で行う。
    できないことはハッキリと断ります。嫌いな人とは無理して付き合いません。
  • 言動を制限されるのなら、最初から協力しない。
    立場をわきまえた言動は常に心がけていますが、自分の考えを抑えられて何も言えなくなるようであれば、私が参加する意味がありません。

小児がんの診断や治療に関する最新情報を患者家族に届けたい | 名古屋小児がん基金

「私には何も返さなくていいから、私に返す分を困っている人にあげてちょうだい」

私が無報酬で活動に参加するのは、私たち家族を助けてくれた人の言葉が心の中にずっとあるから。

「私があなたにすることは、迷惑でなければ気にせず受け取ってね。私には何も返さなくていい。その代わり、あなたのまわりに困っている人がいたら、私に返す分をその人にあげてちょうだい。・・・私が辛い想いをしていた時に助けてくれた人がそう言ってたわ。だから今度は、私があなたを助ける番だから」

今住んでいる借家の大家さんは、「私に返す分をその人にあげてちょうだい」と言って何の見返りも求めず、家族と同じように私たち親子を気にかけてくださいます。離婚して金銭的にも精神的にも限界になり細々と暮らす中、大家さんは食料品や日用品を差し入れ、借家のリフォームまでしてくださいました。それは今でも続いています。本当にありがたいことです。

「恩返し」と「私が生きる価値」

大家さんからいただくばかりで、恩返ししたくても何かをするパワーが沸き上がってきませんでした。前回のブログ「『私はたぶん、発達障害です』~みんなの普通は、私の特別な日常~」に書いた「生きる意味や目標」を探していた時に、過去を振り返って、私が楽しい・嬉しいと感じる瞬間はどんな時なのかを考えてみました。

私が楽しいと思うのは、ホームページを作ったり写真を撮ったりする時間。嬉しいと思うのは、誰かの役に立つことができた瞬間。それに気づいたときに、名古屋小児がん基金 理事長の小島勢二先生と出会い、小児がんサバイバーの父母(まーるさん・まさみつさん)と繋がりました。

私がホームページを作って情報発信するのは、私たち親子の失敗談や苦労が誰かの役に立つことで報われること、私が得意とする情報収集・分析・まとめる内容が誰かの役に立てば、そこに「私が生きる価値」があると実感できると思い、小児がんの活動を通して大家さんへの恩返しをしようと決めました。

助けてくれたのは大家さんだけではありません。次男が白血病とわかったときに助けてくれた親兄弟妹、ママ友達、ご近所さん、献血してくださった方々、そして治療をしてくださった先生や看護師の皆さん。たくさんの方に助けてもらいました。今もまだ、身近な人たちに助けられ支えられて生活しています。この恩返しは一生かかっても終わらないかもしれませんが、体と頭が働くうちは続けたいと思っています。

『私はたぶん、発達障害です』のブログについて

前回のブログ「『私はたぶん、発達障害です』~みんなの普通は、私の特別な日常~」の中で、私が発達障害であると書きました。それを伝えること自体は特別なこととは思っていなくて、今回の投稿を含め、今後投稿予定の内容は先にこれを伝えておかないとわからないかな~と思って軽い気持ちで書いただけなのですが、どうやら皆さんを驚かせてしまったようで申し訳ございませんでした。

あのような重い話題を持ち出す人に触れるのは、勇気と優しさがある方だと思います。今回の投稿で、そうした勇気と優しさのある方が私の周りにたくさんいらっしゃることを知り、とても幸せな気持ちになりました。そういう方が周りにいらっしゃるからこそ、私は軽い気持ちで書けたのかもしれません。感謝しています。