息子たちが発熱を繰り返したり身体にいくつものあざができていたりして、次男が白血病を発症した時と同じ症状が表れると不安が大きく膨れ上がり、最悪の状況を想像して落ち着かなくなります。けれど、病院で診てもらうと私の心配し過ぎという結果に終わり、息子は回復するというパターン。いつも同じです。

そんな私に、「心配し過ぎだろ。そんな簡単に白血病になるわけがない。大袈裟なんだよ」と言う人がいました。冷静になって自分の言動を振り返ると確かに大袈裟。でももう大切な人を失いたくないから、心配して注意して息子の様子を観ていないと怖いのです。抗がん剤の副作用でぐったりする姿や、カテーテルが抜けてベッドのシーツが血に染まった夜の出来事、処置室から泣き叫ぶ息子の声は忘れたいのに忘れられなくて、発病と同じ症状が表れると記憶の奥底に沈んでいた恐怖が一気に溢れ出てきてしまう。これはもう、どうしようもありません。

次男が発病した時、「うちの子が白血病だなんて、そんな重い病気になるわけがない」と、ただ風邪をこじらせただけだと信じていました。もっと早く病院で診てもらっていたら・・・診断時の検査で急激に悪化していたことを思うと、私の母が異変に気づいてくれなかったら次男は生きていなかったかも・・・。私は、母親失格だと自分を責めました。

万が一に備えて心をガードしておかないと、衝撃に耐えられないから。ネガティブな私の心の準備です。

そんな心理状態の私に「だいじょうぶだと信じてるよ」と声をかけてくれる人がいました。恐怖でガチガチに固まった心はゆっくりと緊張から解放され、心配事が涙と共に溢れ出てきました。そう言ってくれる人を、私は求めているんだなと思いました。否定するのではなく、受け止めたうえで寄り添いながら方向転換してくれる人を。その言葉に救われ、考え方を軌道修正して深呼吸。

「だいじょうぶ、絶対に治る!」次男が入院していた頃、毎日何度も自分に強く言い聞かせていました。あの頃の私は強かったのに、今はこんなに軟弱。「もうあんなに辛い治療を受けさせたくない、もうあの時には戻りたくない」その思いが再発の恐怖に繋がっていくのでしょう。これから先も大袈裟なほどの心配は続くと思いますが、息子たちが大きな病気をせず元気になってくれさえすればそれでいいのです。