カルテやレセプトなどの診療情報の開示が義務化されるまで

「リスボン宣言」と「情報に対する権利」

カルテは自分の病気や診療に関する情報が詰まった大切な記録なのに、昔は自分のカルテを閲覧することさえできませんでした。何がきっかけでカルテ開示ができるようになったのでしょう。・・・いろいろと調べていくうちにつながってきました。カルテ開示が義務化されるまでの歴史と背景は、「がんサポート」2005年5月掲載、大川・村松・坂本法律事務所の弁護士・坂本団さん、「患者の権利法をつくる会」弁護士・池永満さん執筆の記事に記されていました。

 個人情報保護法ができたきっかけは、いわば“外圧”です。
 1995年、EU(ヨーロッパ連合)が「個人データ保護指令」を出します。この中で、EU加盟国に対し、他国との間で個人情報のやりとりをする際には、自分の国と同程度の個人情報の保護法制を整えているといえなければ、その国との間で個人情報のやりとりをしてはいけない、と定めました。
引用元: がんサポート「個人情報保護法によってカルテの取り扱いはこう変わる

1995年(平成7年)9月に世界医師会総会(WMA)が「患者の権利に関する改定リスボン宣言」を採択し、「情報に対する権利」を明確に宣言しましたが、日本医師会は採択に賛成せず宣言の訳文もなかなか公表しませんでした。その後「患者の権利法をつくる会」の働きかけがあり、やがて日本医師会はリスボン宣言を支持し実践するようになります。
(引用元:患者の権利法をつくる会「カルテ開示時代の幕開けに際し「医師の会」に期待する」を要約)

「要約書の交付」から「診療記録の閲覧、謄写の交付」へ

日本医師会は「診療情報の提供に関する指針」を1999年4月に制定し、2002年10月に改訂しました。どこが変わったのでしょう。

 最も重要な改訂の一つは、やはり「診療記録等の開示」の定義から要約書の交付を削除し、「患者など特定の者に対して、診療記録の閲覧、謄写の求めに応ずること」という世間一般に通用する定義にしたことです。
 従来のガイドラインでは、要約書による「記録開示」が無制限に認められていたため、患者がカルテ開示を請求しても、診断書程度の「要約書」程度でお茶を濁す医療機関が珍しくありませんでした。この改訂ガイドラインの許ではそのような取り扱いは許されないことになります。
 もう一つの重要な改訂は、「遺族に対する診療情報の提供」という項目を新設し、患者の法定相続人に開示請求権を認めたところだと思われます。
引用元: 患者の権利法をつくる会「改訂された日本医師会ガイドライン

「カルテ開示」といっても、残っている記録そのものを閲覧したりコピーしてもっらったりできた訳ではないんですね。

 EU加盟国と取引ができなくなるおそれから、日本は大慌てで2003年5月、個人情報保護関連4法を作りました。(中略)
 この第25条に、個人情報を取り扱う事業者は、本人から個人データの開示を求められたとき、すみやかに開示しなければならないと明記されています(表2参照)。この「個人データ」に、カルテやX線写真、ビデオテープ、その他一切の診療記録が含まれるのは、明らかです。開示は法律上の「義務」となります。
引用元: がんサポート「個人情報保護法によってカルテの取り扱いはこう変わる

2003年(平成15年)9月に厚生労働省により「診療情報の提供等に関する指針」が策定され、カルテやレセプトなどの診療情報の開示が義務化されました。

私がカルテを開示したいと病院の窓口で申し出たのが2006年春で、その病院でカルテ開示をした第1号でした。裁判でもするのかとかなり疑われて、受け取りに行くと事務員さんからコピーする作業がどれほど大変だったかグチグチ言われて(そうやって言いたくもなる量と製本の丁寧さ…事務員さん、ありがとうございます)。カルテ開示について主治医はすんなり承諾してくださいましたが、断られたら不信感でいっぱいになると思います。見られたら都合の悪いことが書いてあるの?そう考えるのが当然だと思います。カルテ開示が法制化されたことにより患者は自分のカルテの閲覧や複写をもらえるようになったはずですが、当時は簡単にいかなくて。今はどうなんでしょう。

次の記事では、カルテ開示をした方の体験談をご紹介します。