治療の記録が消える日、治療の記録を残す方法について、愛媛県立中央病院 小児医療センター長/JCCG 理事 石田也寸志先生にお話を伺いました。
【内容】晩期合併症とは/再発したときにどのような情報が必要?/小児がんはカルテの保存義務は5年間以上になる?/5年経つとカルテとともに治療歴も消える?/「治療のまとめ」「長期フォローアップ手帳」の内容・入手先・ダウンロード先の情報/治療サマリーや長期フォローアップ手帳の所有に関するアンケート調査結果/長期フォローアップ外来が日本に初めて開設されてから、全国67か所に広がるまでの歴史など。
長期フォローアップの必要性
「治る病気」になってきた「小児がん」
昔は「不治の病」と言われていた小児がんは、疾患によって差はあるものの、「治る病気」になってきました。治療の目標も「とにかく治癒させる」から「治療による晩期合併症をなるべく引き起こさない・できるだけ軽減させる」内容へと変わり、病気だったことが信じられないくらい元気になった小児がん経験者も増えてきました。
晩期合併症とは
晩期合併症とは、小児がん治療後の発達や発育、時間の経過に伴い、腫瘍そのものからの影響に加えて、抗がん剤・放射線照射・手術・骨髄移植などの治療による影響で現れる合併症のことです。
低身長や運動障害など目に見える身体的な合併症もあれば、抑うつ症状や心的外傷後ストレス(PTSD)といった精神・心理学的な合併症もあります。妊孕性や二次がんなど、治療終了後10年、20年経ってから問題となる合併症もありますので、治癒した後も定期検診を受けることはとても重要です。
小児がんを経験したわが子へバトンタッチ
わが子が小児がんと診断されたとき、辛い治療に耐え続ける子どもを前にして、何も替わってやれない、何もできない自分の無力さを思い知りました。ただその時は知らなかったり気づいていなかったりしただけで、子どものためにできることはたくさんあって、患児のまわりの人たちはそれぞれの立場でできることを精一杯してきました。
次男が高校を卒業するまであと2年となったこの時期に、病気について改めて本人と話をしようと思い、子どもの闘病を支えてきた親として何ができるのかを考えてみました。白血病と発達障がいについて、次男の記憶が薄れたり理解できなかったりしていた部分を補えるように、ひとりでフォローアップ外来を受診できるように、私が亡くなった後も自分のからだを自分で管理できるように・・・。
まずは「長期フォローアップ」について取り上げ、子どもの闘病を支えてきた親から、大人になる小児がん経験者へ引き継ぐ記録について一緒に考えましょう。次回以降は大人になった小児がん経験者が抱える問題についても体験談や論文などをまとめて掲載する予定です。
小児がんの治療を終えた子どものために、治療の記録を残そう!
さて、小児がんの治療を終えた子どもの将来のために、親にしかできないことは何でしょう。それは、治療の記録を残す作業です。治療も結果も、すべて主治医に任せっきりになっていませんか? 医師や看護師もカルテを作成して治療の記録を残しますが、カルテの保存義務期間は5年です。
詳細な記録を残したい場合は治療中のカルテ開示請求をして、検査結果やレントゲン写真、看護記録などのコピーを手元に置いておけば、いざというときに役に立ちますが、複写してもらう範囲や病院によって費用が高額になる場合があります。カルテを開示できたとしても、専門用語が並ぶ難しい内容を含んだコピー用紙の束から、必要な情報を取り出すことは簡単な作業ではありません。
カルテ以外で治療内容や結果等を残せるものはあるのでしょうか。治療の記録といっても、何をどのように記録すればよいのでしょうか。
「長期フォローアップ」といえば「石田也寸志先生」だと思い、早速メッセージを送信!石田先生からお返事をいただきましたのでご紹介します。
石田也寸志先生に聞きました
愛媛県立中央病院 小児医療センター長 石田也寸志先生について
石田也寸志先生は、小児白血病研究会(JACLS)QOL小委員会、日本小児白血病リンパ腫グループ(JPLSG)長期フォローアップ委員会に所属し、長期フォローアップガイドライン作成ワーキンググループのメンバーとして「小児がん治療後の長期フォローアップガイドライン」編集にも携わられた先生です。
2014年12月に設立されたNPO法人 日本小児がん研究グループ(JCCG)の理事も務められ、これまでに小児がんの長期フォローアップに関する論文も数多く発表していらっしゃいます。
長期フォローアップが途絶えた小児がん経験者、再発した時に必要な情報は?
カルテが破棄されてから再発したら・・・
小児がんの既往歴がある方で長期フォローアップが途絶え、カルテが破棄されてしまうほど期間が空いてから再発したり他の重い病気にかかったりしたときは、どのような情報が必要になるのでしょうか。
JCCG発行の治療サマリーのような、受けた治療内容の情報は必須です。
固形腫瘍の場合は、可能であれば初診時のMRIやCTの画像や放射線照射部位の記録はあった方がよいと思います。
今後、照射部位を画像データとしても残せるようJCCGの放射線治療医が考えてくれていますが、過去の症例では難しいのが現実です。
※ JCCG発行の治療サマリー(治療のまとめ)は、特定非営利活動法人 日本小児がん研究グループ(JCCG)ホームページからダウンロードできます。
JCCG発行の治療サマリーのダウンロード先
▼PDFファイル
「治療のまとめ」ver.2.6-F ~長期フォローアップのために~
JPLSG・長期フォローアップ委員会 2009.9.19作成
小児がんの場合はカルテ保存義務期間は長くなる?
カルテの保存義務期間は5年間ですが、小児がんの子どもたちのカルテ保存義務期間も同じく5年でしょうか。
そうですね。小児がんでは長期のフォローアップが重要ではありますが、病院のキャパシティに限界があり、ほとんどの病院で、ある程度年数が経つと紙カルテは廃棄されていると考えておく方が良いと思います。
そのためにも、早めに治療サマリーなど自分で自分の医療情報を持っておく必要があります。電子カルテはおそらく5年以前も可能な限り保存されていますが、ベンダーが代わるとデータが取り出せなくなることもあり、災害などで電子情報が全て失われる可能性もありますので注意が必要です。
「診療情報の開示」に関する記事一覧
カルテが破棄されてしまったら・・・治療歴は消える?
治療が終わってから自己判断や何らかの理由で定期検診に行かなくなった場合、カルテ保存義務期間の5年以上経過した小児かん経験者の治療に関する情報は残っているのでしょうか。
病院によって状況が異なると思いますが、入院歴や要約などは残ることが多いと思います。
たいてい昔の病名も残っていますが、使われない病名は10年位すると消去されることもあります。保存場所を必要とする詳細な毎日の紙カルテ記録とレントゲン写真類は、ある程度年数が経つと多くの場合処分されます。
病院や病気の種類によって永久保存されるカルテもあるようですが、基本的に5年間経過すると破棄されていても文句を言えないのが現実です。
臨床試験に参加すればカルテは永久保存されると勝手に思い込んでいましたが、大きな間違いであることに気づきました。
石田先生、ありがとうございました。
小児がんの治療が終わったら、まずは治療サマリーをもらいましょう!
小児がんの治療が終わったら、まずは治療サマリーをもらえばいいんですね!
治療サマリーは、患者側から希望しなければ主治医は作成しない場合も多いようですので、治療が終わる頃になったら、主治医に「JCCGのホームページで公開されている治療サマリーの作成をお願いします」と伝えればよいですか?
そうですね。ただ、複雑な治療内容を要約するのは、かなりの時間と手間がかかりますので、主治医の先生には十分な猶予期間の配慮をお願いします。
長期フォローアップについて
◆ 治療サマリー
使用マニュアル/ファイルメーカー版/短縮版/2ページ版
◆ 長期フォローアップガイド
小児がん治療後の長期フォローアップガイドライン/小児がん経験者(CCS)のための内分泌合併症フォローアップガイド/COG(Children’s Oncology Group)長期フォローアップガイドラインVer.3.0日本語訳/COG Long-Term Follow-Up Guidelines(Ver.4.0)へのリンク
「治療のまとめ」と「長期フォローアップ手帳」をご存じですか?
「治療のまとめ」とは
「治療のまとめ」とは、石田先生のお話の中に出てきた「治療サマリー」のことです。
まず診断は何で、いつどこで診断され、どのようなプロトコールに従い治療を受けたのか。実際にはどのような治療(化学療法・手術療法・放射線療法・造血幹細胞移植・輸血)をどれくらい受けたか(投与薬剤の総量・手術術式・放射線照射部位と線量・移植の前処置やGVHD等)などの情報を詳しく書き込めるようになっています。最後は、現在の晩期合併症と今後のフォローアップ計画のまとめになっています。
1996年6月にJACLS QOL委員会が発足し、石田先生は治療サマリー「長期フォローアップのために」の作成を提唱されました。それから約9年後にJPLSG長期フォローアップ委員会が発足し、JACLSの治療サマリーを元に改変した「治療のまとめ」が作成されました。
「長期フォローアップ手帳」とは
長期フォローアップ手帳とは、診断・治療内容や治療終了後の検診結果などを1冊にまとめて記録できる手帳です。
治療終了後に必要となる情報を記載できるようになっていて、発病前までの記録(生活歴・既往歴・家族歴)、診断時の情報(所見・診断名・予防接種歴・プロトコールコピー)、治療中の重大な合併症、治療終了後の検査(抗体検査・晩期合併症)長期フォローアップの記録(晩期合併症治療履歴・外来受診記録)などを書き込めるようになっています。
なお、長期フォローアップ手帳は記録ノートですので、手当を受給できたり医療費の給付を受けられたりする手帳ではありません。
長期フォローアップ手帳の中身を見てみたい
いつも私を助けてくれるお友だちで、小児がん経験者のお母さん「あっきさん」のブログに、長期フォローアップ手帳の写真が掲載されています。闘病記の他にも、病気に関わる情報もたくさん詰まっていますよ。
長期フォローアップ手帳の入手方法
長期フォローアップ手帳の入手先
全国15の小児がん拠点病院でもらえますよ。
現在、長期フォロ-アップ手帳は、毎年4,000~5,000冊増刷しています。2018年からは、全国15の拠点病院に配付しておりますので、治療を受けた病院を通じて、各地域の拠点病院にお願いしてみて下さい。
北海道大学病院/東北大学病院/埼玉県立小児医療センター/国立成育医療研究センター/東京都立小児総合医療センター/神奈川県立こども医療センター/名古屋大学医学部附属病院/三重大学医学部附属病院/京都大学医学部附属病院/京都府立医科大学附属病院/大阪府立母子保健総合医療センター/大阪市立総合医療センター/兵庫県立こども病院/広島大学病院/九州大学病院
長期フォローアップ手帳のダウンロード方法
がん対策推進協議会小児がん専門委員会の参考資料「~今後の小児がん対策のあり方について~」に、JPLSG長期フォローアップ委員会作成の試作版「長期フォローアップ手帳」があります。厚生労働省のHPよりダウンロードできます。
主治医に頼んで手帳を取り寄せるのが面倒な方は、資料をダウンロードして、長期フォローアップ手帳のページだけ印刷すれば簡単です。
長期フォローアップ手帳が含まれた資料のダウンロード
※下記のPDFファイルは193ページ、8.13MBありますのでご注意ください。
▼PDFファイル
「~今後の小児がん対策のあり方について~ 小児がん対策専門委員会のがん対策推進協議会への報告についての参考資料」2011-08-25
(33p~61pに長期フォローアップ手帳が掲載されています)
アンケート結果:「治療のまとめ」と「長期フォローアップ手帳」を持っていますか?
群馬県健康福祉部保健予防課がまとめた「平成26年度 小児がん患者・家族に対する実態調査報告」(H28.3)によると、「治療サマリー」を持っていない方は76%、「長期フォローアップ手帳」を持っていない方が92%を占めました。手帳に関しては、存在すら知らない方が多いのではないでしょうか。
長期フォローアップガイドライン
小児がん長期フォローアップの歴史
最後に、長期フォローアップ外来が日本に初めて開設されてから、全国67か所に広がるまでの歴史をまとめました。
- 1988年:【日本初】長期フォローアップ外来を開設
- 石本浩市先生が順天堂大学に日本で初めての長期フォローアップ外来を開設。
- 1996年6月:JACLS QOL委員会 発足
- ハンドブックや記録表を作成、HP開設、晩期障害の調査を実施。「長期フォローアップのために」治療サマリー作成を提案。
- 2005年4月:JPLSG 長期フォローアップ委員会 発足
- 2006年10月:国際会議にてエリーチェ宣言
- 3番項目目で長期フォローアップあり
- 2007年4月:研究班 発足
- 「小児がん治療患者の長期フォローアップとその体制整備に関する研究班」厚生労働省・がん臨床研究事業
- 2007年12月:日本小児がん学会で方針を発表
- 2009年度までに全国14か所の病院に長期フォローアップ外来を開設する。長期FU拠点モデル病院の選択。
- 2008年:JPLSGが「長期フォローアップ手帳」を発行
- 限定された施設において配布。アンケート調査を行い、それを元に改訂。
- 2009年:長期フォローアップ外来が全国16か所に増えた
- 2013年12月:長期フォローアップガイドラインを発行
- JPLSG長期フォローアップ委員会 長期フォローアップガイドライン作成ワーキンググループ 編「小児がん治療後の長期フォローアップガイドライン」
- 2014年11月:長期フォローアップ外来が全国67か所に増えた