フォーラム 子どもの立場から 精神的に無理です。ストレスしか溜まりません 返信先: 精神的に無理です。ストレスしか溜まりません

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げんき

ぴょんさん、こんばんは。

私の言葉がひょんさんの気持ちにどうのように
響くかどうかわかりませんが、こんな人間も居て、
現在は元気に過ごしているということを知って頂ければと思っております。
(管理人さん、不適切だと思いましたら削除をお願いします)

私は小学校2年生(当時7歳)のときにALLになりました。
そのときは非常に危ない状態で市立病院から大学病院に移って
即入院ということになりました。
しかし、あの痛い検査(マルク)をされて非常にわめいたことを
今でも思っております。このマルクも先生に頼めば、全身麻酔で
してくれるということですよ。ちなみに、自分の親は主治医に頼んで
次回からは全身麻酔を使ってもらってやっていました。
全身麻酔のリスクと痛みと比較するとなんとも言えませんが、
自分自身は痛みがない方が楽でした。

その後、抗ガン剤治療が始まりました。そのときの注意事項は
やはり、肺炎患者(風邪)のとなりには絶対にいかないこと。
ましてや、隣が肺炎患者だと院内感染になってしまいます。
実は、自分自身は大部屋で隣に肺炎患者がいて、移ってしまって、
退院までに1年10ヶ月もかかってしまいました。

入院生活ですが、やはり、勉強も必要ですが、
楽しいことをすることも一つだと思います。
自分は当時はゲームが好きだったのでゲームばかりしていたと
思っています。
あとは、主治医と仲良くなって看護師さんとも仲良くなって
雑談をたくさんするのもいいと思います。
多分、主治医も看護師さんも話を一杯聞いてくれると思います。

そんな感じで1年10ヶ月が経ち、退院したときは
4年生でした。しかし、小学校の頃は体調が悪くほとんど
学校にはいかず、家で勉強していました。

小学校が終わり、中学校に入りましたが、
小学校もほとんど行っていないために”養護学校”にいきました。
養護学校という言葉を聞くと変に感じますが、自分自身、
この養護学校でいろんな事を学べました。
いろんなハンディキャップを持った人たちが一生懸命に
自分の出来ることを見つけてやっている姿をみて、自分も元気がでました。

その後、残念ながらまた中学2年生の時に再発してしまいました。
そのときは無事に予定通りのプロトコール通りの治療で中学一杯で
寛解しました。その後、現在24歳まで再発はせずに元気です。

前置きは長くなりましたが、その中学校を卒業後、
養護の高校に行って、コンピュータの専門学校、大学へ編入、そして
現在は大学院に行っています。

最後に私から言えることは
”この病気があったからこそ、自分の体のことにも詳しくなったし、薬品にも詳しくなったし、何よりもこの病気を通じて出会えた人は多いと思います”

だから、痛い検査だったら麻酔をかけて貰ったらいいし、点滴が嫌だったらIVHを入れてもったら楽だし、そんなに無理しなくてもいいよ。

私でよければ、なんでも聞いてくれてもいいよ。同じ病気の経験者として何か力になればと思っております。