2004年9月4日、検査結果が出揃い今後の治療方針が決まりました。

病名
B前駆細胞型 急性リンパ性白血病
治療
化学療法(入院6~8ヶ月、外来1年半の予定)
プロトコール
JACLS ALL-02 HR
リスク群
HR群(ハイリスク、高危険群)
中枢神経への病気の拡がり
なし
染色体異常
なし

詳しい検査結果等は下記に記載。

白血病の病型・分類

白血病診断に必要な検査の結果と治療方針について

・発症年月日:2004年8月31日(推定)
・診断年月日:2004年9月3日

白血病細胞の正体

病型
CD10+ B-pre(cIg:-)
FAB分類
L1
特殊染色
POX:陰性/非特異的エステラーゼ:陰性
染色体検査
正常
FISH検査
未実施
DNA index
1.41 Hyper diploidy
マーカー検査
実施(骨髄血)
キメラ遺伝子スクリーニング
実施(陽性:項目名 WT1)

検査結果

骨髄検査(検査日:2004-9-2)
有核細胞数:137,000 /μl(芽球:94.4%)/dry tap:なし
髄液検査(検査日:2004-9-4)
細胞数:0 /μl(芽球:-)/腰椎穿刺時出血:なし
血液検査(検査日:2004-9-1⇒9-2⇒9/4)
・白血球:13,800 ⇒ 49,630 ⇒ 12,000 /μl
・好中球数:0 ⇒ 0 ⇒ 0
・ヘモグロビン:5.8 ⇒ 5.5 ⇒ 10.0 g/dl
・血小板:31,000 ⇒ 25,000 ⇒ 73,000 /μl
・炎症反応:0.90 ⇒ 4.10 ⇒ 3.96
・リンパ球:18 ⇒ 7 ⇒ 11 %
・芽球:82 ⇒ 93 ⇒ 89 %

その他、初診時所見・身体所見・血液検査の結果(一般・血液像・血清・生化学)・心電図の結果は下記ページをご覧ください。

治療内容

治療開始日
2004年9月4日
暫定リスク
HR
治療プロトコール
HR-02(割付アーム A)
確定リスク
HR

治療方針について

2004年9月4日、夫と私は主治医から検査結果と病名や治療計画について説明を受けました。夫と同年代の主治医はきれいな女医さんで、やわらかな言葉と口調で丁寧に話をされ、同席した担当看護師さんは静かに私たちを見守ってくださいました。

検査結果から、骨髄にある細胞の93%が白血病に冒されており、ヘモグロビンは標準値の半分もなく極度の貧血。血小板は8分の1ほどしかなく出血の危険が高い状態だったことがわかりました。病名は『B前駆細胞型・急性リンパ性白血病』。小児白血病の中でも治りやすいタイプであり、それがせめてもの救いでした。

小児白血病は、発症年齢・発症時白血球数・染色体異常の有無によってリスク分類され、それぞれに治療計画(プロトコール)があります。次男の場合は白血球の数が多かったので、治りやすいほうから数えて2番目のハイリスク群の治療を勧められました。

主治医

9月1日の血液検査では白血球が13,800でしたが、翌日には49,630に上がっています。今朝の血液検査は12,000に下がったため、この数値であれば標準のSR群(スタンダードリスク)で治療できるのですが、1日で白血球数が急上昇したことを考えるとHR群(ハイリスク)の治療をしたほうが良いと考えています。

HR群は、SR群よりも濃い治療・・・薬剤は増え副作用も多くなる、痛い処置も多くなる・・・。けれど、SR群の治療で白血病細胞を消すことができなければ再発する・・・。私と夫は主治医の判断に同意し、HR群の治療を進めてもらうことにしました。熱が出た8月中旬に血液検査をしていれば、もう少し早く発見できていればもっと軽い治療になったのではないか、早く治ったのではないかと思い自分を責め続けました。

治療はJACLS(小児白血病研究会)ハイリスク群のプロトコールに沿って化学療法を実施し、予定では入院期間は6か月から8か月外来治療は約1年半すべての治療が終わるのは早くても2年後。そして、その治療が終わって5年が「治癒」の目安になると聞き、遥か彼方にあるゴールへと続く道を前にして放心状態になりました。

生存率という言葉が、次男の将来を閉ざします。小児白血病は完治する保障はないのです。5年間再発することなく生存している人たちが80%いるそうですが、私には残りの20%がとても重くて、生きていることが奇跡に思えます。

次男は生きてこの病院から出られるのだろうか、小学生になれるのだろうか・・・。

すでにJACLSのホームページから情報を得ていた夫は、主治医の説明を頭の中で整理しながら冷静に聞いて質問しています。私は言葉を聞き逃さないようメモをとり、単語ひとつひとつを理解するのが精一杯。そんな私を気遣う主治医に「だいじょうぶですよ。前向きに考えないと! 治してもらえるっていうのに、泣いていたらおかしいですよね」笑ってみせたのですが、心の中では誰にもぶつけられない悲しみと怒りが渦を巻いていました。気丈に振舞っていたつもりだったのに、なんだか空回りしていて。ふっと力を抜くと、私は壊れそうでした。取り乱しはしませんでしたが、冷静でいることとは違う。虚勢を張り強い母親であることを精いっぱい演じているような感じ。

臨床試験への参加に同意

小児白血病は治るようになってきた病気と言われていますが、いまだ完璧な治療法は確立されていません。薬剤の種類や量、組み合わせや使用期間などは、できるだけ副作用が少なく成長過程に問題や障害が出ないことが求められ、より良い治療法を生み出すためには多くの臨床研究のデータが必要になります。

夫と私は、主治医から病気や治療についての説明を受けたあと、息子の治療試験参加に同意しました。私は気持ちを引き締めて主治医の話を聴き、その内容をノートに書き留めながら病気や治療について理解したつもりでしたが、思い返してみると十分理解したとは言い難い状態。すべてを十分理解するには時間も資料も足りませんでした。あとは主治医を信じて任せるしかないのです。

夫は、「もしも息子が助からなかったとしても、息子の治療データが少しでも誰かの役に立てばそれでいいです」と静かに答えました。
その横で私は心の中で「次男をデータだけになんかさせない。だいじょうぶ、治療はうまくいく。早く治る。この先もずっと生きている」と何度もつぶやきながら、望みを託して同意書にサインをしました。

主治医からの説明が終わってから

病名が確定してもなお、誤診であってほしいと願うばかり。私たち家族のこれからを大きく変える宣告を受けた50分間でした。

輸血と抗生剤のおかげですっかり元気になった次男が待つ病室へ戻ると、病名が確定してしまったことが嘘のように感じます。同席できなかった私の両親に、主治医から聞いた話を淡々と説明し、心配する両親に「泣いていても仕方がないから」と平気な顔をして見せ、感情を麻痺させることしか自分を保てません。もう前に進むしかないと覚悟を決める自分と、白血病だなんて何かの間違いに違いないと叫ぶ自分が、心の中に入れ替わり現れて混乱するのです。

「先生、嘘って言ってよ。白血病というのは間違いでした、って。それでもいいから!!お願いだから・・・」

心の中で叫び続ける私がいます。

小児がんインフォームド・コンセント

輸血と抗生剤のおかげですっかり元気になった次男(2004-09-04撮影)

参考サイト