4年ほど前、「粘液性線維肉腫」という珍しいがんに罹患した当時11歳の男の子のお母さんから書き込みがありました。そうはやとさん、アメブロのハンドルネームは哀子さんが、そのお母さんです。本記事内では「哀子さん」と表記します。

 人工関節にするのか膝上大腿から切断するのか・・・決断を迫られ、息子さんと哀子さんが出した結論は「人工関節」。15時間に及ぶ手術を受け、筋肉や皮膚の壊死が見つかりリオペ。その後も血流が悪くなり3度目のオペ。4度目のオペで皮膚移植を行い、化学療法を経て治療終了。現在は人工関節の異常は見られず、元気に中学校生活を送っていらっしゃるそうです。

 今回は、哀子さんとの出会いと息子さんの治療経過についてまとめました。

病名は確定しないまま・・・良性?悪性?

 はじめまして。11歳の息子が今日悪性疑いでセイケンしました。そして、まだはっきりはしないが、良性には見えない細胞だと言われました。もうそれだけで結果を聞くのが怖いし最悪の事しか考えられないです。泣いたりぼーっとしたりしてしまいます。こんな私でも息子を支えて、応援出来るのか不安でたまらなく、情けない母親になってます。皆さんはこのような場合の乗り越え方、知りたいです。お願いします。
引用元: 2014-06-28 そうはやとさんの投稿

 母親として気丈に振る舞えない自分を責める哀子さんに、のっちさん(息子さんが悪性リンパ腫・当時は維持療法中)と私で気持ちを受け止め、最初は私たちも哀子さんと同じように動揺していたことや、医師から説明を受けるためにどのような準備をしたら良いのかアドバイスすると、哀子さんの感情はほんの少し静まったように感じました。

 そして、あっきさん(娘さんが急性リンパ性白血病・経過観察中)は、どこでどのような情報が得られるのかを詳しく教えてくださいました。彼女が持つ情報保有量と発信力にはいつも感動します。

粘液性線維肉腫の仲間だと言われました

 7月2日に生検の結果が出て、悪性肉腫であることはわかりましたが病名ははっきりしません。

 外来終わりました。来週月曜から抗がん剤治療で入院します。病名は結局はっきりせず粘液性線維肉腫の仲間だと言われました。
引用元: 2014-07-09 そうはやとさんの投稿

 病名と治療方針の説明を受けた哀子さんに、あっきさんと のっちさん、ぽんママさん(娘さんが肝未分化肉腫)も加わり、シングルマザーになって自分の生活で精一杯だった私に代わって彼女たちは親身になって対応してくれました。

 病理は結果が出るまで1ヶ月近くかかるため治療方針が変わるかもしれないこと、原発は腎臓かもしれないので造影CT検査も行うなど、病名も確定しないまま良性か悪性なのかもはっきりしない状態のまま抗がん剤治療が始まるため、哀子さんの不安は募る一方です。

 そこで、私はユーイング肉腫家族の会 代表の有國美恵子さんに助けを求め、セカンドオピニオンの相談にのってもらいました。

セカンドオピニオンでも病名確定ならず・・・

 8月中旬、有國さんから紹介していただいた病院で、病理の結果を聞いた哀子さんから連絡がありました。

 病名は確定できませんでしたが、腫瘍は低悪性であること。可能であれば治療兼検査を兼ねて腫瘍をできる限り綺麗に残さず摘出し、病理で切り取った角度とはまた違う角度から腫瘍を調べてみることと、摘出後は化学療法を行い、外来で定期的に経過観察の方が良いのではないかという説明があったそうです。

治療の経過

 哀子さんが有國さんと私に宛てたお礼と近況報告のメッセージから、ご本人の了承を得て一部抜粋させていただきます。 

化学療法と手術

 2014年7月中旬から、イホマイド&アドリアシン療法を3クール行いました。化学療法の効果は両手放しで喜べるほどの縮小ではありませんでしたが、それでも一回り程は縮小していました。しかし、肉腫と言えど浸潤範囲が膝関節の溝ギリギリにまで達していたので、オペは、右足切断か、人工関節か、回転式か選択を迫られました。

 切断の場合は手術時間は約2時間、人工関節の場合は手術時間は約10時間&輸血あり。手術時間、手術後の合併症、感染のリスク低い順なら、1位 切断、2位 人工関節。息子と沢山相談した結果、人工関節を選びました

 そして、2014年10月7日、腫瘍広範切除&人工関節置換術を行いました。15時間の大手術でした。朝10時に見送り、再び息子に会えたのは夜中1時を回っていました。何とか無事終了したとの事で、安心したのもつかの間、術後熱が下がらず、オペをした足の浮腫みも酷くなり、10月11日に血栓で血流が悪くなり、本人の左上半身から移植した背中の筋肉や皮膚も壊死しているとの事で泣く泣くリオペしました。手術すれば、あと少し、って、思っていただけに、息子も私もとても悔しかったです。二人で泣きました。

 しかし、悪いことは続くもので、翌日の10月12日、再び血流が悪くなり三度目のオペ。もう、私も息子になんと言ってあげれば良いのかわからないくらい、絶望してしまい、こんなことならいっそのこと切断してしまえば良かったと思いました。待合にいた私は、抜け殻のようだったと思います。

術後の経過

 しかし、そのオペが三度目の正直?になったのか、容態もやっと安定し息子も松葉杖ながらも歩けるほどにまで回復してくれました。が!しかし!一番最初のオペで左わき腹からとった皮膚が患部に移植後壊死してしまい一部廃棄。2回目のオペでも残りの皮膚が壊死しまた一部廃棄したので、歩くことができても皮膚が無い状態で毎日消毒洗浄していました。

 なので、ホントにホントに最後のオペ、今度は右わき腹から皮膚を持ってきて患部に移植するオペを11月14日に行い、無事成功。そのせいで息子は両脇腹にもオペの傷跡があります。人工関節の足には表と裏側両方に傷跡、そして、腫瘍と関節をとった膝の裏側は移植された皮膚がケロイド状になり定着?しています。

 移植も含めれば4度のオペを乗り越え、がんばってリハビリに励みつつ、長い長い入院生活を送っていました。化学療法時は一時外泊出来るけど、オペ時は二ヶ月以上の長期入院。かなりストレスが溜まっていた息子です。

化学療法

 そして、術後検査等々経て、12月上旬に術後化学療法実施が決まりました。内容は術前と同じ薬剤で、12月に1クール、今年の1月にもう1クール。息子は膝裏筋肉深部が原発らしいですが、転移検査で肺のCTを取ったときに、すごく小さい点が2個ほどあり、幼い頃の肺炎の跡か、転移か、どちらか解からないといわれていたので、術前最後の9月の化学療法から、12月までは正直肺の方がどうなっているのか不安でした。しかし、12月の化学療法後のCT検査では、肺の点は消えていました。ホッとしたけど、消えたということは転移層だったのかなと考えると怖いです。

 そして、年末年始は2ヶ月ぶりの外泊でゆっくり自宅で過ごせました。とてもうれしかったです。私も、息子も。今年1月、息子と主治医はこれが最後の抗がん剤。これが終わって、足と肺の検査をして、異常が無ければ退院。と、約束していたらしく。無事、最後の治療を終え、1月23日に本退院しました。

退院後の様子

 2015年9月5日現在、息子は、歩行時はロフストランドクラッチと装具を足に付けています。足は筋肉も取ってしまったので、多少細いですが、この夏は本人が得意な水泳の許可も下りたので、思い切り夏を満喫出来ました。今日は200m泳いだとか、眼を輝かせて話す息子を見るととてもうれしく思います。髪の毛は、春頃には生え始めました。しかし、走る、自転車に乗る、等は禁止なので、来月の運動会は残念ながら応援専門となりそうですが…しかし、以前と同じ生活が出来るようになり、息子が病院でなく家に居るだけで、幸せです。

術後1年9ヶ月(2016-06-16)

 胸部と足のレントゲン。異常無し。脚長差は、約3センチ。足の装具も、簡易な装具に変えて良いと許可が出ました。杖は、使い続けます。更には、ポート抜去の話もとうとう出てきました。術後2年に到達したら、ポートを抜いて頂けるそうです。

術後3年(2017-11-01)

 脚長差もちょっと気になる4㎝差。インソールでカバーできれば良いが室内はなかなか難しい。左右の差が5㎝以上のなると腰に負担がかかります。そうなると、人工関節の入れ換えか、骨を地道に折って伸ばす方法があるようですが……出来ればもう、オペや、入院は極力したくないなぁ。これ以上兄ちゃんの足が伸びないように、複雑な願いが出ております。(引用元: 哀子さんのブログ「兄ちゃんの肉腫」より

仲間との出会い

 有國さんとは親の会連絡会でお会いして、電話やメールをしていつもお世話になりっぱなしですが、哀子さんやあっきさんとは会ったこともなければ電話で話したこともなく、メールやSNSだけで繋がっているだけです。けれど、支えあってきた私の大切な友達です。素敵な仲間に囲まれて私は幸せ者だわ。(のっちさん、ぽんママさんは音信不通に・・・この記事を読まれたら連絡くださいね、待ってます)

 ネットだけで繋がっている方といつかお会いして、おしゃべりに花咲かせたいな。会うのは初めてなのに、「久しぶり!」って意気投合できるような気がします。

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